如月 焔:炎を継ぐ者

 

第1章 開闢

 その日は蒸し暑い初夏の夜だった。

私は酩酊していた。柄にもなく出版社の付き合いに誘われ、ついつい羽目を外してしまったのだ。皆と別れ、一人で天文館の路地裏を歩いていた。一つのネオンに魅かれ、中に入ったのが間違いだった。

注文したのはウイスキーの水割りとナッツと女性のドリンク一杯だけだ。にも拘わらず、会計の時に法外な値段を請求される。やられた。いわゆる「ボッタクリ」だ。

店の裏の更に狭い路地に連れていかれ、屈強な大男達に囲まれる。サングラスの男の右拳が私の頬に当たった感触は憶えているが、それ以降は何が起きたのかよくわからなかった。次に意識があるのは、地面に寝そべっている私にペットボトルの水がかけられた時だった。

一通り殴り終えて気が済んだのか、男達が帰ろうとしたその先に、彼女は立っていた。いや、最初は女性とはわからなかった。長い美しい髪はきちんと纏められ、キャップに収まっている。黒のデニムジーンズに革のジャンパー、見事な胸はさらしに巻かれているので、ぱっと見た限りでは容姿端麗な男性のようだった。何より、その眼差しが鋭く、屈強な男達を不敵に睨みつけている。

「こんなヤサ男相手に五人とは数が合わないんじゃないかい。どうだい?何だったらあたしが助太刀しようか?」

口調も男勝りであったが、声を聞いて初めて若い女性だと認識できた。

「なんじゃて、てめぇ。そいつのカノジョか何かか?別に構わんど。お前が代わりにカラダ張って、金返してくれるっちゅうなら、それでもよか。かわいかペットは、家で鎖につないじょけや!」

一人の男が襲い掛かる。が、ひらりと躱したかと思うと、足を払ってバランスを崩す。そのままポリバケツに直行だ。

彼女は道端から何かを拾っていた。なぜそこに在ったのか?わからないが、木の角材のようだ。それを、木刀のように構える。片手で、半身の構え、剣道家というよりは剣術家といったような立ち振る舞い。しかし、凛として構えるその姿は相当の手練れのようだ。

「カラダは張らせて貰うよ。お前らをギッタギタに倒すためにな!」

男達も本気で相手する様子。バタフライナイフを取り出す者もいれば、棘付きのメリケンサックを拳にはめる者もいる。

「善人ヅラしちょって!オメーみたいな奴ぁ、見ちょるだけで腹が立つど!」

男達は一斉に襲い掛かる。が、彼女はひらりひらりと舞い、角材を鞭のようにしならせ、男たちの得物を弾き飛ばしていく。その動きに無駄がない。確実に急所を捉え、ばったばったと倒れていく。

最後の一人が手を懐に入れようとした。彼女は気づき、一瞬にして間合いを詰め、その手を木材で弾き飛ばす。手から零れ落ち、宙を舞い、私の足元に転がったそれは拳銃だった。

「ったく。ただのボッタクリバーのチンピラかと思ったら、厄介なもん持ってやがんな!どこで手に入れた?」

「そげなこっ、言うわけなかじゃろ。こっちの身が危うなっど。」

「なら、焼け焦げな!!」

彼女が男の頭めがけて角材を振り下ろした。次の瞬間、何が起こったのかわからなかった。路地裏の暗がりが一瞬、明るくなった。彼女の一振りの軌跡に赤い閃光が輝いた。

彼女の手には角材は残っていなかった。開いた掌からは真っ黒に焦げた角材の一部が転げ、地面でカランカランと音を立てる。男は無傷だったが・・・失禁し、気絶していた。

「あちゃー。木だとこうなるんだな。やっぱり“宗光”じゃないと無理だな。」

 

これが・・・私と「如月 焔」の出会いだった。

 

第2章 血の縁

 取り敢えず、ここには居たくないので、場所を変えようと提案する。近くの公園のベンチで落ち着く。

「ありがとうございました。私も酔っぱらってて、何が何だか分からず。もう、明日の準備もしなくてはならないって時に最悪です。」

「別にいいって。だから・・・礼くれ。」

「え?!えぇ~。お金巻き上げるんですか?じゃあアイツらと変わんないじゃないですか!」

「助けてもらっといて、その言い草はないんじゃないか?ん、なんだったらアイツらんとこもう一回行くか。」

「わかりました!わかりましたよ・・・って、あ!財布、店で取られちゃいました。」

「お前、どうしようもない奴だな。あーもう、今日はタダ働きかよ。」

「すみません。あ、スマホは取られてないです。電子マネーとかなら、結構チャージしてるんですよ。」

「なんとかペイってのか?わりぃ、そっち方面はからっきしでね。“すまほ”ってのすら持ってないんだわ。」

スマホをもってない?若いのに変わってる。

「佐伯 恒一と言います。近くの出版社で持ち込みのライターやってます。」

「別にアンタと仲良くするつもりはねぇよ。まぁ、名乗るぐらいはいいけど・・・。あたしは如月 焔。訳あって、現代学を勉強中だ。」

「はぁ?現代学?!学生さんなんですか?っていうか、そんな専攻ありましたっけ?」

「うるせぇヤツだな!訳あってって言ってんだろ!」

気が短い人のようだ。ちょっと接し方を考えよう。

「ところで、さっきの最後のって何だったんです?一瞬、ビカーって明るくなって、角材どこに行ったんですか?宗光って何です?」

「あーもう、うるさいヤツだな!いっぺんに聞くなよ!あ・アンタ、タバコ持ってる?」

「はぁ?何なんすか?その返し。いえ、アイコスしか使わないので。」

「またかよ。ようやく煙管やめて紙たばこに慣れてきたってのに。あ・一本残ってた。」

・・・時折、話が嚙み合わない。よく見ると、咥えたタバコの先端に人差し指を近づけている。指先にオレンジ色の光が灯り、タバコに火がついた。

「それ!まさか!超能力者っすか!?エスパー??」

「ん-、そうだな。何って言ったらわかりやすいんだろうな?あのー、なんだ。“気”みたいなもんだよ。精神を集中して、呼吸を整えて、爆発させる。うちの一族だとちょいと訓練すりゃ誰でも使えるもんだよ。」

「一族・・・、〇×神拳の正統伝承者みたいなもんなんですかね。」

「んだ?そりゃ。逆にわからんけど。っと、つまりだな・・・」

 

時の頃は江戸時代後期、その当時の将軍、徳川家慶は憂いていた。当時の幕府の風紀は乱れ、賄賂が横行していた。家慶は老中である水野忠邦に現政の改革を命じる。大御所時代の幕閣たちの中に如月才蔵という人物がいた。才蔵は前将軍である家斉の忠臣として仕えており、表舞台には現れず、裏の隠密活動に秀でていた。なぜならば、才蔵は類まれなる才能として、炎を自在に操る術を備えていたからであった。まさに暗殺にはもってこいの人物であった。

幼い頃よりその存在を知っていた家慶は才蔵こそが危険人物と考え、我が代になりし時には必ず排斥すべき存在であると心に決めていたのであった。

「才蔵様、裁許が下りました。」

「来たか。して、島は何処ぞ。大島か?八丈か?」

「それが・・・お驚きなさるな。薩摩の南西、二十里ばかりの沖合にある、名もなき島にございます。しかも、一族残らず、で。」

「まことか!上様には、慈悲というものがおありにならぬのか!」

「・・・。」

それから数日後、約三十名ほどを乗せた船は薩摩(現在の鹿児島県)の南西、二十里ほどにある小さな無人島に辿り着いた。波止場もあるはずがない。小舟を何往復かさせ、全員を降ろすと、幕府の船は早々に去っていった。

「本当に、人の気配すらない。このままでは、数日も経たぬうちに、誰一人生き残れまい。」

才蔵は覚悟を決めた。まずは男手で山に入り、水源の確保を優先する。岩を砕いて鋭利な小石を棒に括り付け、銛を作る。下男たちにはその銛を持たせ海で魚を獲らせた。当面の食料確保だ。

女子供はビロウの葉で屋根を葺き、居住空間を確保。余裕がある者達は森に入って山菜や果物、木の実を取り、食料を確保した。

急場を凌いだ才蔵一家と幾人かの使用人達はその後も生き延び続ける為に生活を工夫していく。畑を耕し、仕掛け網を作り、家畜も飼育するようになる。小さい小舟なら自作し、海へも出れるようになる。脱出の為ではなかった。ここら一体は当時、海外諸国の渡来船も往来されていた為、交易するための小舟だった。やがて、薩摩藩の船とも取引を始める。すると、稲が手に入るようになる。海岸付近では塩害が起きる為、高台に棚田を作り、稲作も始める。完全に自活できる村を形成したのだった。

 

「そこに、今の日本政府って奴等が乗り込んできたのが二年前ってわけ。別にあたしは島の生活好きだったんだがね。逆に島以外の生活なんて知らないし、なんかごちゃごちゃしてんじゃないか。めんどくせーことばっかだし。」

「・・・。なんか・・・・めちゃくちゃハードボイルドな人生じゃないですか!!!え?江戸時代っすよね?大政奉還より前だから・・・約百七十年前から島でサバイバルしてたんすか?! 〇スDも顔負けっすよ!」

「だから逆にわからんってば!誰だよそれ?」

「じゃあその“炎の業”ってのは焔さんが正統伝承者なんすね!ケ〇シロウなんすね!ト〇とか〇オウとかと闘ったんすか??」

「わからない例えを入れられると、話す気失せるんだが・・・。まぁ、訓練でできるとは言ったものの、そんなに誰でも使えた訳じゃない。才蔵のじっちゃんは私の七代前のご先祖だし、昔の教えで“血を濃くし過ぎるな”というのがあったらしい。下男、下女と子を設けたり、渡来船の外国人の血が混じってたりもするんだってさ。だから、ここ五十年でまともに使えたのはあたしだけらしい。」

「むぅ!血を薄める為にってのが現実味ありすぎる!リアルっす。」

とにかく、彼女の話は面白かった。何もかもが新鮮で、インスピレーションが沸き上がりまくりだった。

「なるほど。となると、本気の焔さんを見てみたいですね。でも、あの一振りで角材は炭化したんですよね。木刀でも一緒でしょうし、本物の刀であったとしても・・・。あ!」

宗光。そう彼女が呟いていた。名前の感じからしても、日本刀の銘のようだ。言い放った瞬間、彼女はタバコを消して、私に近づき、肩をポンポンと叩く。目が合うと、ニッカリと笑っていた。笑ってはいたが、その眼は座っていた。

「ここまで話突っ込んできたんだ。手伝ってくれるよな。サイキくん。」

「サエキです・・・。ハ、ハハ。はぁ?!」

 

第3章 

 

     -- COMMING SOON(只今製作中です。もう少々お待ちください。) --     

 

第4章 

 

 

     ―― 完 ――