カオル・センドウ:黒鯱の潮路の果て

 

第1章 沈没と選別

 空と海の境目が溶け合うような夕暮れだった。

カナリア諸島近海――穏やかなその海で、薫は甲板に立ち、潮の匂いを胸いっぱいに吸い込んでいた。

 父・千堂龍造は、神戸の旧財閥の名を背負いながらも、堅苦しい世俗を嫌った男だった。世界を見せたい。娘に、海の向こうの広さを知ってほしい。その一心で、愛妻・麗子と一人娘・薫を連れ、豪奢とは言えぬが堅牢な客船で旅に出た。

「日が沈みかけたから中に入らないか。夕食にしよう。」

ぼんやりと海を眺めている薫を見て、龍造は声をかけた。

「ええ、わかった。お父さん。」

振り向き様に、長い黒髪をなびかせて薫は応える。夕日はゆっくりと広い海に落ちていった。

 

船内での晩餐会、大きな客船に家族だけでは物寂しいので、会社の関係者や地元の有力者たちも集い、賑やかな渡航を楽しんでいる。オーケストラや劇団、ヒップホップのフェス等、様々な催しが繰り広げられていた。

「大人なら楽しめるでしょうけど、子どものあなたには退屈よね。」

「だね。でも、お父さんとお母さんと一緒に旅ができるのは好きだよ。」

仲の良い模範的な親子。そんな言葉が似あう家族であった。

 

夜も暮れ、宴も収まり、客船は汽笛の音だけが響く静けさを取り戻した。その、静けさが逆に、不気味にも感じられた。

最初の異変は、風だった。穏やかに吹いていたはずの風が、唐突に向きを変え、船体を舐めるように叩き始めた。波は低い。嵐ではない。だが、甲板員は胸騒ぎを覚えた。理由は分からない。ただ、背筋を冷たいものが走った。

次の瞬間、闇の中から眩いばかりの航行灯が光り輝いた。客船の船腹に警備艇らしき船が横に張り付いている。煌々とした灯りの中、黒い人影が何体も客船のほうによじ登ってくる。

甲板員が叫ぶ!

「マフィアだ!パイレーツ・ブラック・オルクだ!」

怒号と銃声が夜を切り裂いた。母は薫の腕を掴み客室を抜けようと出口に向かうが、船室へと引き戻される。父は船員たちと共に応戦しようと甲板へ向かった。その背中が、薫が見た最後の父の姿だった。混乱は一瞬で地獄へと変わった。火。悲鳴。鉄が砕ける音。船はあっという間に座礁し、やがて、海へと沈み始めた。薫は母とはぐれ、甲板に投げ出された。甲板に出たのは幸いで、海に投げ出された直後に沈没が始まった。

それからどれぐらいの時間が経っただろうか?薫は漂流物に掴まり、闇の海を彷徨っていた。徐々に、腕の力がなくなり、漂流物に掴まっていることができなくなってくる。 離せば、確実に溺死する。意識が朦朧としていく中で、薫は一隻の船影を見た。船体には黒い鯱のマーク。襲撃してきた海賊船だった。

甲板に引き上げられ、手首を縛られ、膝立ちに座らされる。何人もの男たちが銃口を薫に向けている。だが、銃を構えた男たちの先から、一人だけ、異様に落ち着いた視線を向ける男がいた。

キャプテン・ダニエル。パイレーツ・ブラック・オルクの船長

深い瞳の奥には冷徹な感情と激情と気高さを兼ね備えている。

ゆっくりと、薫に近づいていく。

「・・・・顔を上げてみろ。」

薫は脅えている。無理もない、何も知らない十三歳の日本人の女の子が、旅先で両親と離れ離れとなり、何時間も大海原に投げ出されて、助かったと思いきや、両手を縛られ、客船の船員たちのように殺されるかもしれない状況なのだ。

「恐い、殺される、お父さん、お母さん・・・。だけど。」

薫はぎゅっと唇を噛み締める。

「生きなきゃ!」

その想いの表れか?顔を上げ、目の前の大男を見つめる表情は、睨み付けるような、誰にも媚びない、強い意思が感じられる、鬼気迫る眼であった。

それを見たキャプテン・ダニエルは、なぜか笑った。

「・・・面白い眼をしている。」

「どうしたんだ?キャプテン。まだガキだぞ。しかも、女だぜ。」

副船長で操舵手のレオポルドが口を挟む。

「この眼は、この海で生き残ることができる眼だ。拾わない理由がない。」

「まぁ、俺は構わないですけどね。逃げ出すかどうかは、所詮コイツ次第なんで。おい、取り敢えずコイツを調理場に放り込んどけ!」

一命を取り留めた薫は、こうして黒鯱海賊団(パイレーツ・ブラック・オルク)の一員として、生きることになった。

この時はまだ誰もキャプテン、カオル・センドウの誕生を予想もしていなかった。

 

第2章 新天地への舵

 千堂家の客船「Ms TSUKUYOMI」の海難事故から五年の月日が流れていた。オマーン湾を航行中のパイレーツ・ブラック・オルクの船の甲板には怒号を飛ばす大女の姿があった。

「そこ!片付けておけっていってるだろ!そっちの荷物はドバイに着いたらすぐ降ろせるように準備しとけよ!あーもう、ライトの故障ぐらい直しとけよ!ったく。おい!そこ、突っ立ってるんなら武器の整備やっとけ!相手は金持ちのわがまま坊ちゃんなんだ、いつ揉めるかわかんないからな!」

男勝りで威勢のいい日本人の女性は、五年前に甲板で震えていた女の子とは別人のようだった。長い黒髪はバッサリと切り、肌も日焼けして筋肉質になっている。何より自信に満ち溢れた堂々とした態度は、この船の重要な役割を任されている気概が感じられた。

一通り怒鳴り終えると、カオルは大きく息を吐いた。甲板に張りつめていた緊張が、潮が引くようにゆっくりとほどけていく。

「よぉし。今日はここまでだな。あとは酒だ、酒!」

その一声を合図に、男たちがどっと声を上げた。

舷側に積んであった木箱を蹴り倒し、慣れた手つきで樽を開ける。甘く、鼻を刺すような酒の匂いが漂う。スペイン語の掛け声が飛び交い、甲板は一気に宴の場へと変わった。打楽器を叩き出す者もいれば、口笛で陽気な旋律を奏でる者もいる。仕事着のまま肩を組み、酒を回し飲みしながら、笑い、歌い、罵り合う。

「おいカオル!指図するのが結構サマになってきたじゃねぇか!」

「まったくだ!ついこの間まで泣き虫だったくせに、ずいぶん偉くなったもんだ!」

野太いヤジが飛んでくるが、カオルは酒瓶を軽く掲げて見せただけだった。

「うるさいな。動かないあんたたちが悪いんだろ。この船が大事なら真面目に仕事しろ!」

どっと笑いが起きる。ヤジも飛び交うが、そこに悪意はない。海の漢たちの何気ない日常であった。

ふと、カオルの眼前にレオポルドが立っていた。何も語らずとも言いたい事は分かる。カオルは酒瓶をテーブルに置いて、すっくと立ち上がった。

 

船室内のとある個室、出入口には「habitación del capitán」の文字が記されている。

室内の大きなテーブルは大きなディスプレイとなっており、そこには現在航行中のアラビア半島付近の地図と航路。そして取引先の相手や積荷の情報等が映し出されている。

「予定時間は?」

タッチパネルを操作しながらカオルが応える。

「十五時間後、現地時間で七日の五時半頃の予定です。現在のレートは0.24EUR。警備は全体で二十八名ですが、直衛はあちらの都合で四名が条件となってます。」

「なら、ここにいる二人と、こないだソマリアで拾った黒人。あいつは体格もいいし、機転が利く。あいつを付けよう。もう一人は好きに選んだらいい。では、十五時間後に。」

カオルが部屋を出て行った後にレオポルドが話しかける。

「まさかあんなに豹変するとは。ほんとによく働いてくれる。キャプテンの目利きには恐れ入りますな。」

「お前が自分で言っただろう。後はアイツ次第だと。アイツは自分に素直だっただけ、ただそれだけだ。」

「フッ。では、次のビジネスの成功をお祈りいたします。」

レオポルドも部屋を後にする。

一人残ったキャプテン・ダニエルは椅子をくるりと回転し、背の壁に掛けてある一対の剣を眺める。

――Azi Dahaka。古めかしい大剣と一回りコンパクトなガンブレード。”ペルシアの蛇の怪物”の銘を持つ近世の大海賊の遺品。

「時代は移り変わる・・・。いずれは、俺も。」

揺らめく灯りが反射して、大剣は鈍く光っていた。

 

第3章 名を呼ばぬ指揮

 ドバイでの取引成功から数か月後。その日、黒鯱の船は不自然なほど静かだった。

エンジンの低い振動と、波が船腹を叩く音だけが続いている。いつもなら誰かの笑い声や、罵声が飛び交う時間帯だ。だが、甲板に人影は少なく、誰もが必要以上の言葉を口にしなかった。

キャプテン・ダニエルの姿が見えない。数日前から体調が優れないことは、皆が知っていた。 それでも、黒鯱の船にとって「キャプテンがいない朝」は、初めてのことだった。カオルは、無意識のうちに船長室の扉を見上げていた。

いつもなら、あの扉の向こうから低い声が聞こえてくる。航路の確認か、次の仕事の話か、あるいはただの世間話か。だが今日は、何の気配もない。

「・・・、来てくれ」

背後から、レオポルドの声がした。短く、それだけ。カオルは頷き、何も言わずに船長室へ入った。

室内は静かだった。

壁に掛けられた一対の剣は、いつも通りそこにある。その下、ベッドに横たわる男の胸は、ゆっくりと上下していた。

「来たか」

ダニエルの声は、掠れていた。それでも、その瞳は澄んでいる。

「ああ」

カオルはベッドの傍に立った。言葉を探したが、見つからなかった。

「潮の匂いは、まだ分かるか?」

「分かる」

ダニエルは、微かに口角を上げた。

「それでいい。それだけあれば、お前ならこの海で生きていける。」

しばらく、沈黙が落ちた。船の振動が、遠くで鳴っている。

「俺はな」

ダニエルが、ゆっくりと続ける。

「拾っただけだ。選んだわけじゃない。だが、ここまで来たのは、お前の意思だ」

カオルは目を伏せた。

「俺がいなくなっても、この船は進む。いや、進ませるのが当然なんだ。」

それが、最後の言葉だった。

 

誰も泣かなかった。

誰も騒がなかった。

黒鯱の船は、静かに夜を越えた。

夜明け前。航路の確認が必要な時間になっても、誰も指示を出さない。船員たちは、自然と一人の女を見ていた。

カオルだった。

レオポルドが、無言で端末を差し出す。

「次の寄港地です」

カオルはそれを受け取り、地図を一瞥した。

「予定通りだ。風は?」

「問題ありません」

「なら・・・進む。それが、当然なんだ。」

それだけだった。

誰も今はまだ「船長」とは呼ばない。だが、誰一人として異を唱えなかった。

黒鯱の船は、舵を切る。

名を呼ばぬまま、新たな指揮のもとで。

 

第4章 輪刃は海より冷たく

 地中海の風は、どこか生温かった。

白い岩肌の島を回り込むようにして停泊している小型船が一隻。その甲板に、黒鯱の旗がはためいている。偵察用に使われる、名も持たぬ船だ。

「・・・いないな」

双眼鏡を下ろし、カオルは舌打ちした。

噂は確かにあった。

この島の地下遺跡に、「古の邪剣」の欠片が眠っている。だが、遺跡の入口はすでに荒らされ、探索の形跡だけが残っている。先客がいる。それも、手慣れた連中だ。

「ま、そう簡単に手に入るとは思ってなかったがな。」

カオルが踵を返した、その瞬間だった。

風を切る、鋭い音。

反射的に身を伏せる。次の瞬間、さっきまで立っていた場所に、金属が深々と突き刺さっていた。

輪?いや、刃だ。

円環を描く刃は、岩に食い込みながらも微動だにせず、冷たく光を返している。

「動きが鈍いな、黒鯱の船長」

女の声が、上から降ってきた。見上げると、崖の上に一人の女が立っている。赤めの茶髪を短くたなびかせ、旅装のままの軽装。手には、もう一つの輪刃が収まっていた。その眼差しは、凪いだ海よりも冷たい。

「・・・あんたが先に来てたってわけか」

カオルはゆっくりと立ち上がり、腰の剣に手をかける。

「ガブリエル」

名を呼ぶと、女はわずかに眉を動かした。

「覚えてたのか、光栄だな」

「忘れる訳ないだろ。地中海に来るたび、邪魔されたからな。これで三度目だ。」

空気が、張り詰める。次の瞬間、二人は同時に踏み込んだ。互いの刃が唸りを上げ、刃と刃が火花を散らす。その冷たさは、確かに、海よりも鋭かった。

「今ドキ流行らないんだよ!海賊なんて。」

「あんたほどじゃないよ!冒険家ってのは名目上で、ただの墓荒らしだろ!」

船長室に飾ってあった大海賊の剣は左右交互に輪刃を圧倒していく。

「墓荒らしはヒデー言い方だな!まぁ、否定はしないけど。」

輪刃の回転数が増し、逆にカオルの剣を弾き返す。まさに一進一退の攻防だ。だが、突如、カオルは剣を収める。

「それで、ここに目当ての物はあったのか?」

ガブリエルと呼ばれた女性も戦闘態勢を解き、岩に突き刺さった刃を回収する。

「ん。そうだな。別にあんたに伝える義理はないが・・・結局ガセだったよ。今回も」

「そうか、それなら無駄な闘いをしてもしょうがないな。」

お互い現実主義というか、ドライというか、似た者同士ではあった。

「どうだい?別にお友達ごっこするつもりはないが、目的が一緒なら協力しあうってのも効率的だとは思うんだが。」

海賊と名乗っている割には頭の回転は柔軟だ。それが彼女をキャプテンたらしめた理由なのかもしれない。

「いいね。あんたの考え方、嫌いじゃないよ。裏切りっこなしだがね。」

「それは・・・・約束できない。アンタの裏の裏までは読めないからな。」

キョトンとしたガブリエルだったが、腹の底から笑いだす。

「アッハッハッハ!!気に入ったよ。あんた。」

ガブリエルはそこに見つけた木片に数字を書きなぐり、カオルに投げ渡した。

「上の段は内海(地中海内)、下の段はそれ以外のアクセスチャネルだ。ここ最近は外海に出てる事も多いが、どっちかなら連絡つくはずだよ。」

言い放つのが先か?そこに存在していた影が消えたのが先か?どちらにせよ、常人らしからぬ素早さで、その気配は消えた。

「まったく。似てる性分なだけに、疲れるな。」

ふと、本音を吐く。船員たちもどう言い返したらいいのか迷う。

 

 時は二日後、場所はポーランドのドイツとチェコの国境付近、とあるビルの最上階の一室、闇に包まれた個室は微かな灯りのみの怪しげな雰囲気が漂っている。黒スーツを纏い、乱雑な白銀の髪を小綺麗にまとめた老人は豪華な椅子に座って報告を待っていた。そこに一人の男性が寄ってくる。

「鯱と蠍が接触しました。地中海では目立った行動は避けたがよろしいかと。」

「たかだか小娘二人が組んだところで恐るるに足りん。が、そうだな、来年は新大陸のほうが忙しい。方針を変えていくとしよう。ご苦労。」

老人の横に立つ真紅のチャイナドレスを纏う巨漢の女性は言葉を発していない。しかし、両手で支えている二メートル近い巨大な戦斧は主の意思を先取りするかのように、キラリと光を輝かせていた。

 

第5章 交わる潮、重なる刃

 インドの港町、ムンバイは、夜になっても眠らなかった。

潮と香辛料、獣脂と人いきれが混じった湿った空気が、低い家並みの間を粘つくように漂っている。石畳には昼間の熱が残り、裸足の子どもたちが走り去るたび、微かな砂の音が響いた。

カオルは、港を見下ろす古い倉庫の屋根に立っていた。視線の先では、大小の船が無秩序に係留され、ランタンの光が黒い水面に引き裂かれた線を描いている。秩序も誇りも、ここでは潮に溶けている。

「・・・嫌な気配だ」

低く呟いたのは、隣に立つガブリエルだった。彼女の手に握られた輪刃が、わずかに震えている。風でも緊張でもない。金属そのものが、何かを拒むように鳴いていた。

「刃が、冷たい」

「いつも冷たいだろ」

カオルの軽口にも、ガブリエルは首を振った。黒海の深淵を思わせるその瞳が、港の奥、人の流れが不自然に途切れる暗がりを射抜く。カオルは無言で視線を同じ方向へ走らせた。港の喧騒の中に、確かに一拍、音の抜け落ちた場所がある。人々は近づこうとしない。まるで、そこに“在ってはいけないもの”があるかのように。

「あれだな。」

カオルが指さすその先には、四方を屈強な護衛で固めた小さい人影が大事そうにバッグを抱いて恐る恐る埠頭を歩いている。

「行くか」

「言われなくても」

二人は同時に屋根を蹴った。夜の港へ落ちていく影は二つ。月明かりを避けて屋根と屋根を飛び移っていく。

一行が人気の少ない路地に差し掛かったその時、眼前に降り立ったのはガブリエルだった。続いて後方に挟み込むような形でカオルが降り立った。

「ようやく出会えたな。“クオリファイア”の大幹部さん。」

カオルが話しかけても中央の小さな人影はローブのフードを深く被ったまま、うずくまっている。護衛の一人がカオルに襲いかかるが、暗闇に光る「アジ・ダハーカ」が孤を描いて切り捨てる。二人目は慎重に、間合いを詰めるが、距離を詰め切る前に対のガンブレードから放たれた鉛玉によって、眉間を打ち抜かれる。

「黒海じゃ、だいぶアンタがよこした“兵器”に仲間が世話になってね。お礼しなきゃと思ってたんだよ。なんだい、最近じゃ随分浮気してアメリカのほうに手ぇ出してるらしいね。あっちのほうが儲かるってか。」

残りの二人も声のするほうへすり寄っていく。拳銃を構え、両腕を前に突き出した状態でじりじりと近づいていく。暗闇の先からキラリと何かが光ったようだった。と、それと同時にシュルシュルと音が近づいたと思いきや、輪刃が二人の腕を拳銃ごとすっぱりと切り落としてしまう。ブーメランのようにガブリエルの元に戻ってきた相棒を器用に輪の内側に腕を通して受け止める。

二人はじわりと老人らしき小さい人影に近づく。

「シモン・フェルドマン。古の邪剣“ソウルエッジ”の欠片はそれか?」

カオルがローブのフードをはぎ取る。出てきたのは脅え切ったホームレス風の老人だった。

「カオル!そいつ、ニセモンだ!やられた!!」

老人が大事そうに持っていた荷物の中身を見せる。中には小型の爆弾と、時限装置。カウンターが示す数字は00:00:03だった。

「マジかよ!!」

うしろ側にとっさに跳ねのいて、先程切り捨てた護衛を鷲掴みにして盾にする。それでも爆風はすさまじく、護衛の体もろとも吹き飛ばされてしまう。

距離のあったガブリエルだったが、こちらも吹き飛ばされる。二人とも軽傷では済んだが、精神的ダメージは大きい。

「ハッハッハ。リークした情報の通りに動いてくれる。駒の動かし甲斐があるってものだね。」

黒スーツに白銀の髪を束ねた老人は杖をついて見下ろしていた。周りには十数名の殺し屋が立っている。

「駒だと!貴様!」

「カオル!挑発にのるな。向こうの思うままだ!」

老人は一瞬、目を細めるが、気にせずに続ける。

「君達が色々探ってるんで、ちょっと活動がやりにくくってね。ガブリエル君の予想通り、ここ最近はアメリカのほうが利益になるんだよ。さりとて、交易路を絶たれるのも、都合が悪い。そこでだ。君達の望みも叶えてあげよう。古の邪剣の欠片、そこにある。力づくで奪ってみてはどうかね?」

シモンと呼ばれる老人が指した先には、真紅のチャイナドレスを纏う巨漢の女性が持っている巨大な戦斧があった。そちらに視線を移している間に、老人と取り巻きの一行は姿を消していた。

「あぁ、聞いたことがある。最近のお気に入りの“兵器”だな。やたらと強いとは聞いていたが、あれの武器に“使われてた”ってことか。」

「ガブリエル!気ぃ抜くんじゃない。来るぞ!」

「わかってるよ。しかたない、せめてものみやげにさせてもらうよ!」

 

雲に隠れていた月明かりが、埠頭を照らし始めた。鯱と、蠍と、戦斧使いの化物の行く末は如何に・・・。

 

   ―― 完 ――